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映画レビュー「The Prairie Home Companion」

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記事初出:2006年07月14日 seesaaブログからの引っ越し

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基本情報
「The Prairie Home Companion(プレイリー・ホーム・コンパニオン)」(2006、アメリカ映画)
監督:ロバート・アルトマン(ショート・カッツ、ザ・プレイヤー、M★A★S★H)
脚本:Garrison Keillor
製作:David Levy、Tony Judge、Joshua Astrachan、Wren Arthur、ロバート・アルトマン
出演:ウッディ・ハレルソン、Garrison Keillor、トミー・リー・ジョーンズ、メリル・ストリープ、ケビン・クライン、ヴァージニア・マドセン、ジョン・C・ライリー、リリー・トムリン

ストーリーと映画情報
ミネソタ州、セント・ポールのフィッツガラルド・シアターにて収録された、TV時代に生き残っていた架空のラジオ番組、「The Prairie Home Companion(同タイトルの同ホストによるラジオ番組は現在も継続中)」の最終劇の内幕をえがいた群像劇。番組最後の収録の悲喜交々を豪華キャストによる、歌とトークを交えコメディタッチで描いていく。
80歳も迎えても今だ衰えることを知らない、巨匠ロバート・アルトマン監督の最新作。
左は今作のサウンドトラックです。全編多彩な音楽に溢れた今作は、音楽も重要な役割を果たしています。右はロバート・アルトマンの70、80年代の4作品(日本劇場未公開を含む)を収録したDVD BOX。
  

映画史上最高の皮肉屋、そして最高の人間観察の達人、アルトマン
現在、アメリカでウッディ・アレンと並びハリウッド俳優達に尊敬の念を集めるロバート・アルトマン。数多くの登場人物が複雑に絡み合い、シニカルなブラック・ユーモアを散りばめ、役者から最高級の演技を引き出すその手腕は、未だ他の追随を許さない。登場人物が数多いにも関わらず、それぞれのキャラクターを映画鑑賞後もはっきりくっきりと思い出せるほどに個性的に味付けし、それでいてリアリティからはみ出ることはない。群像劇というジャンルがあるとすれば、それはアルトマンのためにあるようなものだ。以前今年アカデミー賞と獲得した「CRASH」を論評で絶賛したが、群像劇としての完成度とすれば、アルトマン作品の足下にも及ばない。ポール・トーマス・アンダーソンの「マグノリア」とて敵わない。それほど、アルトマンの群像劇は突出して完成度が高い。
「ザ・プレイヤー」では、ハリウッドに生きる人々の行動原理をひたすら皮肉り、映画史上に残る傑作「ショート・カッツ」では、次第におかしくなる人々の日常に潜む狂気を、まるで虫でも観察するかのようなタッチで描いてみせた。そして、新作「The Prairie Home Companion」では、最後の収録に挑む一癖あるラジオ出演者達と劇場スタッフを、愛情あるタッチで描いて見せてくれた。

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人間を観察するとはどういうことだろう
映画とは人間を描くもの、と以前書いたことがありますが、人間を描くとはどういうことなのか、一口に云うのは難しいことです。何が人間なのか、全員が同意できる定義づけはあり得ないし、様々な人間が複雑に絡み合って構成しているこの社会の全体像を把握することも非常に困難なことだからです。そもそも、人間は自分自身が何者なのかもよくわからないのだから、ましてや他者を観察してそれをフィルムにきちんと人間の香りが匂い立つように焼き付けるのは、本当にタイヘンなことなのです。しかし、アルトマンの映画からは、確かに人間臭さがします、それも大勢の人間の。それも一人一人きちんと違う匂いを放っているから、本当に驚く。アルトマンの人間観察方法を例えて云うなら、人間を観察カゴ(一つのコミュニティ、それが時にはハリウッドだったり、ゴスフォート・パークという名の家だったり、今回ではラジオの収録現場ということになる)の中に入れ、エサを撒き(ショート・カッツに於ける農薬であり、ザ・プレイヤーの脚本家から送られてくる脅迫状だったり、今作にお於いては、最後のラジオ収録というそのシチュエーション自体)、そのエサに群がる人間達をつぶさにスケッチする。こんな感じでしょうか。

とにかく、面白いです。何も云わずに見るべき作品です。Garrison Keillorの名ホストぶり、メリル・ストリープとリリー・トムリンのデュオ、下品な言葉を並べたてたハレルソンとライリーの爆笑カントリーミュージックやなど、見所満載の作品です。日本での公開はいつになるかわかりませんが、公開された暁には、必ず劇場に足を運ぶことをオススメします。